ストーリー

「擂茶」との出会い

2014年1月、約20年務めていた会社を何か自分が出来ることが他にあるとはずだと直感し退職しました。
2014年3月、台湾で擂茶に出会い、とても大きな衝撃を受けました。懐かしい味なのに、なぜか今まで一度も飲んだことのない飲み物。家族で歩き疲れてフラッと立ち寄った台北の綺麗で小洒落たビルで突然の出会いでした。SIID CHA誠品松菸店3階での出来事でした。もともと、変わった物や新しい物よりも、定番と言われる物が好きな私ですが、スゥーと口に運ぶことができました。
異国という事もあったのかもしれません。日本で同じものを出されても飲まなかったかもしれません(笑)
確か午後3時ぐらいだったような気がします。
飲んだ瞬間、「美味しい!」と言ったのを今でも覚えています。きな粉の香ばしさが日本人の私の口に合ったのかもしれません。 そして、癒されていく感じがしました。本当に不思議な感じです。
擂茶を紹介してくれた台湾在住のお友達(嫁様の中、高校の同級生)も、自国の飲み物に喜ぶ私を見て、とても嬉しそうにしていました。

この時、この美味しい飲み物を日本で飲めるのだろうかと擂茶のことを少し調べました。
すると、思いがけず体に良い飲み物(漠然と)である事と奈良県に 1件だけ擂茶を飲めるお店があるということがわかりました。
この時に思いました。こんなに体に良くて、美味しいのに日本にほとんど無いのはおかしい。(後で商社の知り合いの方から聞いて分かったことですが関税が高いので、自分なら手を出さないと言っていました。日本に擂茶が入ってこなかった理由には商売には向かないという事もあったのかもしれません。)

この擂茶という飲み物を日本の人、誰もが知っているに飲み物にしたい!きっと、みんな喜んでくれるはずだ!
これが、松茶商店の誕生の瞬間です。
(本当に勝手な思い込みです。また、屋号は松本 学が擂茶を日本の皆さんに広げたいという思いを込めて付けました。)

色々な人の助けと奇跡

ここからは、色々な人の助けと奇跡が松茶商店の骨組みを作っていきます。
(松茶商店のロゴマークは漫画家 たかい よしかず先生の奥様で、愛娘のお絵かきの先生でいらっしゃいます 故 田中 由美子先生の作品です。「お代も成功してから払ってくれたらいい」の一点張りで受け取っていただけませんでした。この時に、必ずたくさんの人に擂茶を知っていただき、お代をお支払いすることを心に誓いました。)

仕入れ先は、絶対に自分が最初に飲んだ擂茶のメーカーSIID CHAにしたいと思い台湾在住の友人に連絡をお願いしました。かなり交渉していただき、お会いしていただける事となりましたが指定された場所が九份という意外な場所で本当に驚きました。着いてみるとSIID CHAは九份で連日、満員の超人気カフェであることがわかりました。オフィスをイメージしていたので本当にビックリしました。もちろん、その日も満席で商談はお客さまの波の去った夕暮れ18時ごろから始まりました。台湾在住のお友達のご主人様が現地法人で社長であったため普通ではお会いすることも出来なかったところをこの日は何とかSIID CHAの副社長にお会いしていただけることに本当に感謝しました。お友達のご主人様の話では初めの電話ではネット通販の値段で買ってくださいと門前払い様子だと言っていました。それもそのはず、この時は知らなかったのですが、SIID CHAは台湾で1番の擂茶生産量を誇り、他メーカーのOEM(受注生産)も請け負う老舗大手擂茶の製造メーカーだったのです。

そんなことも知らない私は、商談に入ってからも、擂茶を日本で広げたいという思いを日本語で何度も何度もぶつけました。
友達のご主人様も「彼なら絶対に日本で広げることが出来る!」と 何度も伝えてくださいました。
お願いしている様子は本当に力のこもった姿でした。言葉はわかりませんが、商談の流れは肌にビンビンと感じてくるものがありました。前職で一生懸命に営業をしていたおかげか、今までに培ってきた営業感覚と周りの空気がそれを教えてくれていました。交渉は2日間に渡るものでした。
そして、最終結論としてお金と商品の交換ではなく擂茶のあらましと客家民族の歴史を広げることを条件に擂茶を譲っていただけることになりました。まさに奇跡の瞬間でした。

地道な作業の繰り返し

この後は、日本のみなさまに擂茶を届けるべく地道な作業の繰り返しでした。松茶商店は初回から現在にいたるまで商社などは通さずにSIID CHAからの直接の輸入の為、分からないことがあれば何度も検疫所に足を運び、輸入できるように手続き書類を作成しました。検疫所には何度も何度も相談しました。飛行機に乗らないのに何度、あの橋を渡ったことか。

図書館や雑穀店へも何度も足を運び原材料の色々なことを調べました。
SIID CHAも多忙を極めていたため、メールの返信に1週間ということもざらにありました。また、保健所や各省庁にも何度も行きました。 かなりのご指摘を頂戴することもありました。
この時ほど、自分達の「食」が守られていることを痛感させられたときはありませんでした。
しかし、逆にこの関門を自らで突破できれば、皆さんに安心して飲んでいただける事は間違いないという思いで頑張りました。
途中で根を上げそうになったこともありました。
その時は、助けていただいた人たちの顔を思い浮かべました。
多忙を極めていましたが、そのかたわらで輸入食品衛生管理者の講習も受講し、その課程も修了しました。必要であれば再度、SIID CHAにお伺いして必要な情報収集も行いました。
自主的に検査機関に要請し、輸入できない成分が入ってないかも調べました。

SIID CHAを訪ねてから輸入するまで実に5か月の期間を要しましたが、2014年12月3日に初めて松茶商店に擂茶が届きました。
この時は、SIID CHAの助けと通関業者の助けもあり12月4日のイベントに奇跡的に間に合いました。この時の感動は今でも忘れません。
SIID CHAも予定より1日早く出荷してくれて、今までメールの返信に長時間を要していましたが検疫所への質問を2時間で調べて返信してくれた協力、(現在は日本での専売契約をしていただく事になり、家族で日本に来てくださるなどのアットホームなお付き合いになってきました。もちろんメールのやり取りなども迅速丁寧です。) 通関業者の頑張りがありました。
通関業者もこの日数で通関できたのは奇跡だとおっしゃっていました。
(原材料が多いので普通は初回の通関にかなりの時間がかかるようです。)

奇跡とともにやってきた「擂茶」

このような経緯で擂茶は奇跡とともに日本にやってきました。
本当にご協力いただいた皆さまにはお礼を何度申し上げても足らないぐらいです。
また販売においては前職で培われた、「サービスが先」という考えのもと、お客様が喜ぶことだけ考えようと思い今日まで走ってまいりました。
そんな思いのたくさん詰まった松茶商店の擂茶を一度、ご賞味くださいませ!